ずっと鳶職やるつもりだった。だから僕はノリでタトゥーを入れた。

 

 

どうも、ちゅーやです。

 

 

今となっては毎日自宅で
ブログ書いたり、メルマガ書いたり

夜中から朝にかけて
部屋の電気消して間接照明だけつけて
エナジードリンク飲みながら動画編集したり、

 

本当に本当にマイペースにのんびり
暮らしているな、と実感してるんだけども

 

もともと実は、17歳くらいから20歳過ぎまで
外仕事の鳶職をやってたので
「俺どうせずっと鳶職なんだろうな〜」
とか思っていた時期があります。

 

 

もし17歳の僕が
10年後の今の僕の姿を見たら、

「いやギャップすごっ」
「なんでパソコンなんかいじってんだ...」
「てか遅寝遅起きすぎるだろ、不健康かよジジイ」

とか思ってんだろうな。

 

 

というか、まさかフリーランスとして
自分の名前で仕事してるなんて
思ってもなかったと思う。

(ましてやインターネットでなんて)

 

 

自分で言ったら世話がないけど
当時の僕は結構イケイケだったし

「ガテン系ガテン系ガテン系ーー!!」

って感じだったから尚更ね。

 

 

 

本当なら僕はずっと鳶職やるつもりだった。

 

だから18歳の誕生日に
ノリでタトゥーを入れた。

 

 

 

今日はそんな過去のエピソードから
現在に至るまでの環境の変化を
ストーリー形式で書き綴っていきますね。

 

 

タトゥーが軸になってる話なので
多少無理矢理感はあるんだけども

当時の僕からしたら
想像もつかない生き方に辿り着いた

という結構夢のあるノンフィクションの話です。

 

この後は3分で読めるのでぜひ^^

 

遡ること今から8年前・・・

 

ファーストタトゥーは
18歳の誕生日の1週間後くらいの日だった。

 

 

 

17歳、初夏の夜。

 

小学校からのイツメンA君の部屋(当時の溜まり場)で
いつものようにダラダラ過ごしていた。

 

 

小学校からのイツメンは
僕も含め、もれなく全員高校を中退している。

 

 

素行が悪くて何度も謹慎を食らって
いい加減、大人から見放されて強制退学させられたY君。

 

シンプルに成績不振で留年を告げられて
そのまま退学の道を選んだA君。

 

「A君が中退したから」というバカな理由で
謎に自分まで中退したK君。

 

そして、出席日数が足らなくて留年を告げられたボク。

 

 

このメンツの中の
シンプルに成績不振で留年を告げられて
そのまま退学の道を選んだA君とこんな会話をした。

 

ボク「見事に全員中卒になったな...笑
   もう良い会社勤めねぇだろうし、タトゥー入れね?」

A君「え、マジで!? 俺も昨日ちょうど
   タトゥーデザイン調べてたんだよね!」

 

一緒に入れに行こう!

(今思うとなぜそうなるのか理解不能だが)

 

 

という、若気の至りまっしぐら全開で
タトゥースタジオの予約をとった。

 

 

 

その約1週間後、

 

18歳の誕生日を少し過ぎた頃
僕は人生初めてのタトゥーを入れた。

 

 

実は一番好きな漫画がNANAで
小学校の頃からタトゥーには興味があったから
どうせ入れるんだろう、という感じもずっとあった。

(もちろん↑これ入れたわけではないけど)

 

 

 

元々はワンポイントだけのつもりだったのだが

1つピアス開けた高校生が依存して
たくさん開けたくなる現象と似たものだったのか

続けて2個目、3個.......5個と入れ続けた。

 

 

当時は鳶職をやっていて
職場柄、現場にも刺青が入ってる人が多かった。

 

 

 

どうせ俺もずっと鳶職しかできねぇだろうし

 

そう思ってずっと現場仕事を続けていたから
タトゥーを入れたことで特に生活に
支障を感じたことは一度もなかった。

 

温泉で子供ガン見されて・・・

 

実は体のタトゥーに不自然にガーゼを巻いて
数回だけ温泉に入ったことがある。

 

 

ある日、更衣室で着替えて
そのまま温泉に浸かった瞬間に

5歳くらいの子供が僕の胸に貼ってある
ガーゼを不思議そうに見つめながら、

 

「パパー、パパー、」

 

と、僕の胸を指差しながら呟いた。

 

 

僕はパパがこっちを見る前に
すぐさま温泉から上がって
更衣室に逃げ込んだ。

 

 

この日は30秒くらいで温泉を出た。

この日以来は行かなくなった。

 

 

 

いや、本当ダメだと思う。
この時は若過ぎたしそこまで重要視してなかったけど
温泉はしっかり刺青禁止だし、守らないとダメだ。

 

日本国が刺青への偏見があるから、
だから見せたらダメとかじゃなくて

決まりを守ってない人間がいることが
不愉快なのだと今は十分に理解している。

 

 

新しい職場での面接でタトゥーを見られて言われたこと

 

20歳の誕生日を過ぎた頃。

 

当時付き合っていた彼女との付き合いの都合上
彼女の実家である関西(大阪)に引っ越した。

 

住む場所が変わったから当然
職場も新しく探さなければいけない。

 

 

とりあえず仕事が見つかればなんでもよかった僕は
派遣の配送業者や工場、引越し屋さんなど
闇雲に面接を受けた。

 

 

これまでずっと地元の足場屋さんでしか
働いてこなかった僕は
ここで大きな壁にぶち当たる。

 

 

「あの〜、その刺青は本物かな?」

「それ隠せないと思うからちょっとキツいね」

「うちは刺青ダメなんだよぉ〜、ごめんな」

 

 

・・・・

 

えぇぇ...こういうのマジであるんだ

 

 

 

派遣とかなら案外大丈夫なんじゃねって
思ってたけど、意外とダメなところが多かった。

 

 

結局彼女の知り合いのツテで
現場仕事を紹介してもらって
またまた外仕事をやり始めた。

 

 

 

すごい急展開なのだが
関西に住んだ期間はわずか1年

当時の彼女とかお別れして
地元に帰ってきた。

 

↓↓↓

地元帰還

 

 

地元に帰ってからはすぐに仕事が見つかった。

 

冒頭で出てきたイツメンの、

素行が悪くて何度も謹慎を食らって
いい加減、大人から見放されて強制退学させられたY君

が勤めていた工場に派遣社員として紹介で入ることができた。

 

 

前回、大阪時代の仕事面接の失敗談から学んで
タトゥーを隠して面接に挑んだのだ。

 

 

いや、普通は隠せよ、最初から。

 

と思う人もいるかもしれないが
大阪編の僕の心境としては

「隠して面接受かったら、人を騙してるみたいだから
 初っ端から見せていこう、それでダメならダメだ。」

という、なんとも真面目なのか不真面目なのか...

 

 

この議論に関してはどちらが正解かわからないが
とりあえず今回のY君の紹介で入った工場では隠して挑んだ。

 

 

 

この工場では約二年間、お世話になった。

 

 

そして当時、僕は仕事中に2秒で決断して
いきなり会社を辞めて今のフリーランスとしての道に
突き進むことになるのだが、

その当時の話はコチラで詳しく話してるので興味があればぜひ
落ちこぼれ中卒サラリーマンが、会社辞めて月90万の自由な生活を手に入れた大逆転劇

 

 

一番自由な未来に辿り着いたぜ

 

 

会社を辞めてから紆余曲折あったが
結果的にいうと一番自由な未来に辿り着くことができた。

 

 

18歳でファーストタトゥーを入れた時。

 

「もう良い会社勤めねぇだろうし」

 

そう思っていた僕は、
見事に良い会社に勤めることもなく
「フリーランス」という道を選んだ。

 

当時は、

なんとなく職人やって
なんとなく長く勤めて
なんとなく給料も上がってくのかなぁ

そんなサラリーマンになることを想像していたけれど
人生とはわからないもので、真逆ともいっていいほど
意外な道に辿り着いている。

 

 

そもそもフリーランスなんてどうやってなるのか
わからなかったし考えたこともなかった。

 

 

でも何となくネットサーフィンして
PC1台が商売道具の同じ人間を発見して
自分にもできるんじゃないか?という勘違いから

 

それが勘違いじゃなかったことを証明した。

 

 

挑戦者界隈ではよく「行動力が大事」
などと謳い文句のように言われているが

それの一歩手前のラフな決断力が
僕の人生を大きく変えたと思う。

 

 

「人生変わった」って抽象的な表現すぎて
好きな表現ではないけれども

 

そんな大袈裟なことではなく単に

・毎日家で仕事をする生活
・目覚ましが不要になった生活
・明日を気にせず毎日夜ふかしできる生活
・平日の真昼間に美容室に行ける生活
・時給の概念のない働き方
・やればやっただけ収入が青天井の働き方
・ネット環境があれば場所を選ばずどこでも仕事ができる
・コーヒー飲みながら、タバコ吸いながら仕事できる
・コンビニで値札を見ずに買い物できる
・働く時間帯、スケジュールは全て自分で決められる
・明日にでも旅行にいける生活

 

これらが可能になった生活になっただけで
軽く人生の幸福度は大きく感じられるようになった。

 

 

 

ずっと鳶職やるつもりだったから
そういう意味でタトゥーも気にしなかったけど
もっと気にする必要のない環境になった。

 

 

仕事を軸に好きなことを決めるのではなく

好きなことを軸に仕事を選べるの最高だ。

 

 

タトゥーに限った話ではなく
仕事環境さえ変わればもっと好きなことを
もっとやりたいことに全力で時間を使える人が
増える、ということを確信した。

 

 

「決断力」などと言ってしまうと
やけに重く捉える人が多いが、
決断力なんてもっとラフなものでいい。

 

僕は、「人生退屈だな、暇だしビジネスすっかな」
というノリで起業し、今がある。

 

 

決断力を重く大袈裟なものだと思っているから
踏み出すべき足が重くなっているのだ。

 

一歩踏み出したところで死んでしまうような
時代ではないし、日本は激甘で過保護な国。

 

仕事がなくなったって
生かされてしまうシステムの中で
僕らは生きている。

 

 

挑戦してコケてもそれなりに幸せに
過ごせてしまうこの世界で
僕はまだ欲張っていきていこうと思う。

 

 

 

 

・・・終わり。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

ということで。

当時のことを思い返しながら書いてみたんですけど
本当に人生とはわからないものだなと実感しながら
途中から書いていました。

 

 

さっきもいったように
ラフな決断ってかなり大事だと思います。

 

 

決断力=ラスボス

ってくらい大袈裟に挑もうとしてる人が多いけど

実際は決断してからがスタートですからね。

 

 

決断力なんて
”ドラクエの最初に出てくるスライム”
くらいのラフさで倒しにいかないと

 

冒険に対してずっと幻想を抱いたまま
時間だけが過ぎ去ります。

 

 

いざ冒険に出てみたら、
「あぁ、こんなもんか」ってなることもあるし
きっと今想定してる心配事の9割は起こらない。

 

 

でも今あなたが理想としてる未来は
思考次第で手に入るものなんじゃないかなと。

 

 

「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。」

「言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。」

「行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。」

「習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。」

「性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。」

 

これ有名なマザーテレサの言葉なんですけど
ちゃんとよく見てみてほしくて
かなり当たり前なことしか言ってないことに
気づくと思うんです。

 

マジでこれ名言扱いされてるけど
普通に当たり前なことを箇条書きで書いてあるだけ。

 

 

「目を閉じなさい、暗くなるから」

 

って言われてるくらい当たり前なこと言ってる。

 

 

 

ま、とにかくですね

 

この記事で少しでもラフな決断をして
僕と同じように平然と人生の方向性を
変える人が生まれたらいいな、と思って
今日の記事を書かせていただきました。

 

 

 

それでは^^

 

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僕はPC初心者の状態から
ビジネスを開始して1年以内に
月収30万→90万→120万と達成しました。

昔は現場職人や派遣社員として
中卒サラリーマンとして働いていましたが
今はたった一人でPC1台で稼いでいて
仕組み化してるので週休7日の生活も手に入れてます。

怪しいですよね、わかります。

お前には才能があったんだろ?
と言われますが、

元々中学時代の成績は
3年間学年ビリだったし
社会人になっても
会社を仮病でサボるような人間でした。

そんな落ちこぼれ中卒サラリーマンでも
自分で稼いで、起業できてるわけなので
ビジネスに才能なんぞ不要です。

どんな人でも学んで行動さえすれば
稼げるようになります。

ビジネスと出会い、週休7日の生活を
手に入れるまでの過程は
コチラで暴露しています↓

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